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東京地方裁判所 平成9年(ワ)22626号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は原告に対し、金四六五万七二五四円及びこれに対する平成九年一〇月三一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、平成九年八月八日以降別紙物件目録記載の建物明渡済みまで一か月当たり金五二万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、建物を賃貸した原告が、賃借人の債務につき連帯保証した被告に対し、賃貸借契約の更新後にもその責任が及ぶとして、連帯保証債務履行請求権に基づき、未払賃料及びこれに対する弁済期後以降支払済みまでの商事法定利率による遅延損害金並びに賃貸借終了後建物明渡済みまでの賃料相当損害金の支払を求めたのに対し、被告が、右連帯保証契約が被告からの解除によって終了した、あるいは、本件において、賃貸借契約更新後は連帯保証責任を負わない特段の事情があると主張する事案である。

一  前提となる事実(争いのない事実以外は認定証拠を括弧内に掲記)

1 原告は不動産賃貸借等を業とする株式会社である。

2 原告は訴外山本八重子(以下「山本」という。)に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を以下の内容により賃貸して引渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

契約締結日 平成六年三月三一日

賃料 月額金二六万円

管理費 月額金四万四〇六〇円

諸費用 建物の開館時間以外の使用に伴う管理費や空調費、電気料、水道料、清掃費等の費用はその前月分を原告の実費計算に基づいて賃料と同様に支払う。

期間 平成六年四月一日から平成八年三月三一日

特約 <1> 賃料又は被告の負担すべき諸経費のいずれでもその支払を遅滞しその合計額が賃料の二か月分に達したときは、原告は被告に対し、通知催告なしに本件賃貸借契約を文書により解除することができる。

<2> 賃貸借契約終了後本件建物明渡までの賃料相当損害金は一か月当たり金五二万円とする。

3 被告は原告に対し、山本が原告に対し本件賃貸借契約に基づいて負担する一切の債務につき連帯保証する旨を約した(以下「本件連帯保証契約」という。)。

4 本件賃貸借契約は、平成八年三月三一日に法定更新された(以下「本件更新」という。)。

5 山本は原告に対し、本件賃貸借契約に基づき、平成八年五月分から平成九年六月分までの賃料、管理費等合計金四一二万二〇一四円の支払債務を負っていた。

原告は山本に対し、平成九年七月四日、右金員を同年七月三一日までに支払うよう催告し、さらに、右期間の経過後である同年八月七日到達の書面により、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という。)。

6 山本は原告に対し、平成九年七月分の管理及び電気等使用料合計金三七万〇二八〇円、同年八月分の管理費及び電気等使用料合計金一六万四九六〇円の支払義務を負っている。

7 なお、被告は原告に対し、平成六年九月二七日、本件連帯保証契約に基づく連帯保証人を辞する旨の手紙を送付した。

二  争点

1 前記一7により、本件連帯保証契約は解除されたのか否か。

2 被告が原告に対し、本件更新後は本件連帯保証契約に基づく責任を負わない特段の事情があるのか否か。

第三  争点に対する当裁判所の判断

一  本件の経緯について

前記前提となる事実、《証拠略》によれば以下の事実を認定することができる。

1 原告は山本に対し、本件建物を約二〇年前に賃貸したが、被告は同賃貸借の際に仲介人として山本を原告に紹介したこともあって、山本の連帯保証人となったものであり、その後、右賃貸借契約は逐次更新されてきた。

2 右更新はいずれも合意更新であり、その都度、被告は原告の求めに応じて、更新された賃貸借契約書に連帯保証人として署名捺印した上、印鑑登録証明も提出していた。

3 原告は山本と、平成三年一一月五日付で右賃貸借契約を更新し、被告は再び連帯保証人になった。しかし、山本は合計約二四〇万円の賃料等を延滞したことから、原告は、右による賃貸借契約解除に基づき、平成六年二月一四日、山本及び被告に対し、本件建物明渡と未払賃料の支払を求める訴訟を提起した。その後、右当事者間において訴訟外で和解が成立し、新たに本件賃貸借契約及び本件連帯保証契約が締結されたため、原告は右訴訟を取り下げた。

4 右3の和解の際に作成された賃貸借契約書には、本契約が、右3の訴訟が提起されたことに対する当事者の話し合いの結果締結されるものであり、山本は二度と賃料等の滞納をせず、仮に滞納が生じた場合は直ちに本件建物を原告に対し明け渡す、被告は右契約書の各条項に定められた債務を山本とともに履行することを約する旨の特約事項があった。他方、右契約書には、本件連帯保証の期間を制限する趣旨の規定はなかった。

5 原告従業員の間島は、従来から、山本との賃貸借に関する担当者を務め、山本が賃料等を延滞すると被告に対して山本に支払うよう促し、被告もこれに応じて山本に支払を指示するなどしていた。

6 ところで、本件連帯保証契約が成立した後である平成六年五月ころ、被告は間島に対し、山本との信頼関係がなくなったとして連帯保証人を辞めたいとの意向を述べ、その手配を依頼した。

7 間島は右意向を受けて、被告に対し、新たに原告側担当者となった今井燿一(以下「今井」という。)に対し右意向を伝えるよう述べたことから、被告は今井に、平成六年九月二七日付で前記前提となる事実7の手紙を送付した。

8 原告は被告から右手紙を受領し、同人の連帯保証人辞任の意向を知ったが、特に被告に対して問い合わせもせず、かえって、山本に対して新たな連帯保証人を探すよう求めるなどした。

9 その後、山本は再び賃料等の延滞を始め、平成八年三月の段階では延滞額は約二〇〇万円にもなったことから、不信感を強めた原告は山本との間の契約の継続に難色を示した。そのため、賃貸期間の同年三月末日が到来しても合意更新がなされず右期間経過により本件賃貸借契約は法定更新されたものであり、その後、同年五月に至り山本が滞納分を全額清算したことから、原告は本件賃貸借契約の継続を了承した。

10 なお、右法定更新の際には従前と異なり、原告は被告に対し、山本の右賃料滞納の事実や山本との交渉経緯、本件賃貸借契約が右のとおり合意更新されずに法定更新された事実について何の連絡もせず、また、連帯保証に関する契約書も新たには作成されなかった。

原告がかような対応を取ったのは、担当者である今井が、既に前記8により被告が保証意思を有していないことを知っており、さらに、山本が再三賃料を延滞してきたという従前の経緯から被告が連帯保証人を辞することも無理からぬと考えていたためであって、それゆえ、今井自身、被告に対し前記更新の際に連帯保証の依頼をしなかった。

11 原告は被告に対し、前記前提となる事実7の手紙が送付されてから平成九年一〇月二四日の本件訴訟提起までの間、本件賃貸借契約締結後に山本が賃料等を延滞した事実やその額等を連絡したことはなかった。

二  争点1について

賃貸借契約について連帯保証した者は、当事者間の信頼関係が著しく破壊される等の特段の事情があれば連帯保証契約を一方的に解除しうる場合もあるというべきである。しかしながら、前記一で認定したところに照らせば、前記前提となる事実7の手紙が原告方に送付された時点(平成六年九月二七日)において右特段の事情があったとは認め難い。

したがって、右手紙の送付により本件連帯保証契約が解除されたものとはいい難い。

三  争点2について

そこで進んで争点2につき検討するに、確かに、前記一3及び同4のとおり、本件連帯保証契約は、山本の賃料延滞を発端とする訴訟が提起され同訴訟に関する和解の一環として締結されたものである上、右契約の際、被告が連帯保証すべき期間を特に制限する旨の約定もなかったのであるから、原告は、本件賃貸借契約が今後逐次更新される際に、特段の事情のない限り被告が連帯保証責任を負い続けるものと期待するのが当然であったといえる。また、原告が主張するとおり、更新が原則とされる建物賃貸借契約においては、連帯保証人の責任が更新後も存続すると解さないと保証の趣旨が達成されないこともまさにそのとおりであろう(最高裁判所平成九年一一月一三日第一小法廷判決・判例時報第一六三三号八一頁参照)。

しかしながら、前記一で認定したところを総合すれば、本件賃貸借契約及び本件連帯保証契約は、前記のとおり和解のため新たに締結されたものであるとはいえ、それまでの約二〇年間にわたる原告、山本及び被告の従前の賃貸借契約関係と一定の連続性があったことは否定し難いというべきである。そして、前記一のとおり、右従前の賃貸借契約においては、原告は被告に対し、契約更新の度ごとに連帯保証を依頼した上でその旨の契約書を締結し、また、山本が賃料を延滞した場合にも被告に連絡を取ってその支払を促させ、被告もそれに応じて行動していたものであって、原告は、本件賃貸借契約に関する右のような問題が生じた場合は被告に何らかの了解をとって対処していたことがうかがわれるところ、本件連帯保証契約後に右と異なる取扱をしなければならない事情があったとは認められない。しかるに、本件において、原告は被告に対し、右更新の経緯やその後の賃料延滞についても直ちに知らせず、また、連帯保証人への就任も依頼しなかったが、その理由は、前記一のとおり、原告側が、前記前提となる事実7の手紙により被告の連帯保証人辞任の意向を承知しており、従前の経緯に照らして右意向が示されるのもやむを得ないとの認識を有していたからというものであった。

また、山本は、前件訴訟の際にも約二四〇万円もの賃料を延滞していたものであり、それゆえ、本件賃貸借契約には賃料の支払を二か月怠ったときには、原告は本件賃貸借契約を無催告解除しうる旨の特約も付されていた。しかるに、本件更新時には、山本の延滞額は二〇〇万円にも及んだが本件賃貸借契約は解除されず、原告自身ですら賃貸借契約の更新に消極的であったにもかかわらずそのまま法定更新されたものであり、さらに、山本は更新後も賃料延滞はおさまらず、最終的にその額は四〇〇万円を超えるまでになり本件訴訟が提起されたというのであって、右のような事態が、本件連帯保証契約が締結された当時、契約当事者間において予想されていたものであったとはいい難い。

以上の諸点を総合すれば、被告において本件更新後は本件連帯保証責任を負わないと信じたのも無理からぬことであったということができ、山本が本件更新後に負担した賃料等の債務については右連帯保証責任を負わない特段の事情があったものと解するのが相当である。

四  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求には理由がないので棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判官 青沼 潔)

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